デューデリジェンスとM&A契約、企業価値評価の連携

2020.07.01 - written by osumi

今回のテーマ

こんにちは、エンジット・ストラテジーの大隅です。今回は、M&Aを検討する上でデューデリジェンス(以下、デューデリ、DD)を実施する意味について考えてみたいと思います。
「デューデリなんて多くの書籍が出版されているよ!」という声が聞こえてきそうですが、このテーマを選んだのは、「デューデリは実施するが、稟議に添付するだけで内容は良く理解していない。」という衝撃的な声が複数聞こえてきたため、一般的な書籍にあるようなデューデリの実施方法というよりも、デューデリのレポートに何が書いてあり、それをどのように活用するのかを考えてみたいと思います。

しかも、M&Aにおいては案件に関与する各専門家が、お互いに情報交換して案件の精度を高めていくべきであるにも関わらず、他の専門家の情報を反映しない(厳密には、反映の仕方が分からないということの様ですが。。)事例が予想以上に多いですので、このコラムではそのようなやり方が及ぼす弊害についても考えてみます。
なお、フィナンシャルアドバイザー(FA)がいる場合には、上記の各専門家の連携についてはFAが主導すべきものであり、私がFAを担当した際に確認された各専門家の問題点等も記載していきたいと思います。

デューデリジェンスの概要

まず、そもそもデューデリジェンスという言葉自体は「企業調査」といった意味合いで使われますが、その調査内容には決まりきった手続きがあるわけではなく、案件ごとに大きく異なります。
そのため、専門家に対して「一通りのデューデリをお願いします。」というだけの依頼は本来はあり得ないことであり(予算が際限なくかけられるのであれば別ですが)、「対象会社のリスクは資金繰りだと思っているので、特に季節性の検証と月中の資金変動を慎重に見て欲しい。他方で、経理に優秀な公認会計士がいるので、会計処理については特段心配していない。」とか、「対象会社は継続中の訴訟があり、法的なリスクを検証して欲しい。他方で、労基署の調査が直近で実施されており、適切に対応しているため労務関係は調査結果を中心に見ることで構わない。」といった依頼が詳細になされるべきものです。

なお、M&Aにおけるデューデリジェンスでは、一般的には財務会計、税務、法務に関する調査が実施されることが多いかと思われますが、各DDの調査項目としては、例えば下記のようなものが挙げられます。

項目 概要
財務 正常収益力、NetDebt、運転資本、月次/日次の資金繰り(ミニマムキャッシュ分析)、営業債権の回収可能性、在庫の資産性、BS/PLの増減分析、実態純資産、固定資産の減損の可能性、経理体制の確認、その他財務上の懸念事項等の確認 等
税務 法人税等の調整項目、非経常取引(資本取引、特別損益項目等)、税務調査の内容及び改善状況、関連当事者取引、組織再編税制や移転価格税制等に関わる取引等、税務コンプライアンス体制、未納税金等の有無、タックスプランニングの状況、その他税務上の懸念事項等の確認 等
法務 会社の基本的事項や設立の適法性、主要な機関決定の適法性、組織再編取引、株式や新株予約権等の発行状況、株主の変遷、契約の管理・保管体制、主要顧客・取引先との契約、関連当事者との契約、主要な保険等、主要な不動産・動産・知的財産等の権利関係、第三者に対する保証・担保提供状況、ファイナンス取引の状況、従業員との契約関係、労働条件の適法性(不利益変更の有無を含む)、就業規則・労使協定の確認、労働時間の管理方法、労働組合の有無、労働基準監督署からの指摘事項、人員整理の適法性、懲戒や不祥事の有無、許認可の状況、コンプライアンス体制の確認、係属中の訴訟等の有無 等

※さらに、ビジネスDDを実施する場合には、市場環境や対象会社ビジネスを詳細に分析し、事業計画の妥当性等を検証します。

発見事項の具体的な反映例

各DDで発見された事項をどのように意思決定に反映していくのか具体的に考えてみましょう。例えば、財務DDにおいて実施される主要な項目について、概要と留意点をまとめてみます。

項目 概要
正常収益力
分析
過去の実績から一時的なコスト等の容易に改善可能な項目や今後は発生する費用などを調整し、M&A実行後の収益性を予測する上ためのベースとなる収益構造を確認します。
そのため、正常収益力分析の結果はバリュエーション(株式価値評価)に用いられる事業計画等に必ず織り込む必要がありますが、バリュエーションには一切活用されなかったり、EBITDA Multiple(調整後)で確認するだけといったケースが散見されます。
NetDebt分析 実質的に負債と同様の性質を有するもの(デットライクアイテム)や、現預金と同様の性質を有するもの(キャッシュライクアイテム)を抽出します。
企業価値を株式価値にする過程でNetDebtを調整することから、財務DDの結果をバリュエーションに反映することは容易であると思われるかもしれませんが、NetDebtの定義が財務DD担当とバリュエーション担当とで異なるケースが多く、FA等が両者の定義を調整しないと意味のない分析結果になってしまいます。
運転資本分析 一般に売掛債権、棚卸資産、仕入債務といった運転資本の回転期間等を分析し、事業計画における売上や原価等の変動に対する運転資本の感応度を確認します。
運転資本分析の結果をバリュエーションに反映することは容易であると思われるかもしれませんが、財務DDの結果とは関係なく、バリュエーションにおいては過去実績から算出された回転期間や、対象会社からヒアリングした回収サイト・支払いサイトを用いているケースが散見されるため、FA等が両者の定義を調整しないと意味のない分析結果になってしまいます。

資金繰り分析

事業運営上、資金繰りは最も重要な要素であり、年間の季節性や月中の入出金のタイミング等を確認する目的で実施されます。
特に、M&A実行直後(Day1)に残しておくべき現預金残高は慎重に検討する必要があり、判断を誤ると早々に資金ショートしてしまう可能性もあります。
また、LBO案件ではM&A実行直前のミニマムキャッシュがローン契約(LA)上のCP(Condition Precedent)になっていることが多いため、クロージングのタイミング次第でLA上のミニマムキャッシュの水準をよく検討する必要があります(詳細は「各種M&A契約の実務とLBOローン契約による買収後の制約」参照)。

上記では財務DDの一部の項目について触れてみましたが、実際には各DDで発見された様々な事項の対応や他の調査結果への影響等について、より詳細に検討する必要があります。
発見されたリスクの規模や実現可能性により対応は異なりますが、売り主との交渉において考えられる選択肢としては「買収価格に反映する」、「表明保証や特別補償等で担保する」、「特段対応しない(無視できる)」があるのではないかと思います。
例えば、財務DDにおいて、今後の事業プランを考慮すると想定以上に運転資本が必要であることが分かった場合、適切にバリュエーションに反映して買収価格を当初の想定よりも下げるべきですし、税務DDにおいて課税リスクのある過去の取引等が発見された場合、デットライクアイテムとして価格に反映したり、特別補償等として契約上担保することなどが考えられます。
さらに、法務DDにおいて過去の株主の変遷が明らかでない場合など、リスクの程度を定量的に判断できない場合には、株式譲渡契約の表明保証として規定することも考えられます。

専門家間の非連携

一般に、法務DDと契約書を作成するリーガルカウンセルは同じチームであることが多いため、経験上は法務DDの重要な発見事項が契約書に反映されないケースはあまり想定されません。
他方、財務DDや税務DDの発見事項がバリュエーションに反映されないことや、契約書に反映されないことは良く起こり得るように思われます。

例えば、財務DDにおいて正常収益力分析がなされたとしても事業計画に全く反映されていなかったり、デットライクアイテムの定義が財務DDとバリュエーションで全く異なり、買収価格を大きく誤ってしまうケース等が該当します。
これは、財務DDや税務DD、バリュエーションを同じグループ会社で実施したとしても、他のチームとの間で適切にコミュニケ―ションがとられていなかったり、それぞれが行う業務(必要な知識やスキル)は大きく異なるため、適切に反映出来ないこと等が原因であると思われます。
また、法務DD以外の発見事項が各M&A契約に適切に反映されないことも良く起きる事です。
各専門家は自身の実施した業務がM&A全体としてどのように活用されるのかはイメージ出来ていないことが多いと思われますし(依頼主への報告以上の義務はないので無理からぬことと言えるかもしれませんが)、M&A成功のためには、このような重大なミスは決して起こしてはならないことです。

最後に

今回は各デューデリジェンス間の連携と、M&A全体における位置づけについて考えてみました。M&Aにおいてデューデリジェンスを実施すること自体はかなり一般的になっているかと思いますが、驚くべきことにDDレポートは稟議を通すためのただの道具になっている実情があるようです。
極論かもしれませんが、そうであればDDを実施する意味はありませんし、せっかくのDDコストが無駄になってしまいます。

依頼主(M&Aの買い手)は、DDの意味と活用方法をよく理解し、発見事項が及ぶ影響範囲と対応方針を適時・適切に判断しなければなりませんが、その対応が自社リソースで出来ずM&Aが失敗に終わるくらいであれば、様々な業務に精通した外部のFAを活用した方が結果的に割安で済むでしょう。

M&A案件は多数の専門家や利害関係者が登場するため、関係者間の調整だけでも相当の労力が必要になりますが、1つ1つの積み重ねがM&Aの成功につながりますので、最後まで集中力を切らさずに案件を推進することが重要です。
それでは今回はここまでとさせて頂きます。最後までお読み頂き有難うございました。

 


大隅 隆史
Takafumi Osumi
株式会社エンジット・ストラテジー 代表取締役
伊藤忠系総合研究所にて業務改善、ITコンサルティング及びエクイティ・ファイナンス等に従事した後、株式会社プルータス・コンサルティングにてファイナンシャル・アドバイザリー業務の他、ワラントや種類株式等の複雑な金融商品評価業務等に従事。その後、みずほキャピタルパートナーズ株式会社(現MCPパートナーズ株式会社)にてバイアウト投資、メザニン投資、経営支援、LBOローン審査(みずほ銀行出向)等に従事し、2019年より現職。多くのM&Aや資金調達、経営支援実績の他、金融商品評価に関する裁判案件など高度な独立第三者評価の実績も多数有する。

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